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2015年06月26日

唐津を描いた鳥瞰図

熊野古道縦断の旅に出発した連休最終日の5月10日、筑肥線和多田駅でこんな絵図を見た。

唐津を描いた鳥瞰図

唐津を描いた鳥瞰図である。鏡山の風景が気になり、旅から帰った後、この絵図について調べた。

唐津を描いた鳥瞰図


この鳥瞰図は昭和8年大正の広重と呼ばれた吉田初三郎という人が描いたということがわかった。



一番気になったのは鏡山の状況である。この絵図を見ると頂上は当時フラットであることがわかる。このことは私が今調査している鏡山遍路の当初ルートの仮説を裏付ける資料となった。



詳細については、今この遍路について執筆中であるので省くが、頂上が平らだったということは仮説の重要な証拠になる。

当時頂上にゴルフリンクがあることにも驚いた。また赤水観音から頂上に向かう自動車道が描かれているが、当時登山道はあったが、自動車が通っていたかは疑わしい。



現在の鏡山自動道は昭和9年から10年にかけて建設されたものであり、昭和8年ごろまでは鏡神社近くの梶原集落からの登山道がメイン道路だったようだ。山上稲荷神社とは今の鏡山神社の前身の神社であり、古来鏡神社の上宮であったらしい。赤水の登山道は写真で見たことがあるが、とても自動車が通っていた道路には思えない。



現在の自動車道建設に尽力したのが鏡山遍路の創設者常吉太郎である。これまた不思議な縁である。

唐津を描いた鳥瞰図



唐津駅と佐賀銀行唐津店の間にこの大きな鳥瞰図があることも後で知った。

現在と当時の状況を比較してみると実に興味深いものがある。

この絵図にはもう一つ新唐津四国88か所の興味深いものが描かれている。それは、また別の機会で報告したい。






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