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2015年03月19日

鏡山遍路の謎1

今年1月に鏡山(唐津市)で遍路道を発見してから、どっぷりとはまり込んで調査をしています。

3月4日に西寺町にある大照院を訪問して、唐津四国札所案内図絵を住職さんから頂きました。
鏡山遍路の謎1

この図絵の存在は郷土史誌末蘆国に掲載された後藤氏の書かれた「巡礼唐津四国八十八か所」で知っていて、その内容をどうしても知りたかったわけです。

今回、昭和2年に発行された初版の絵図を頂き、喜んでいます。


これまでの私の調査から、鏡山遍路道を管理していたのが(過去形)常照院であること、常吉太郎氏のお孫さんへの聞き取り調査の結果や太郎氏に関係ある文殊寺が遍路道の途中にあること、53番以降のほとんどの石仏が常照院にあることなどから、鏡山遍路道を作ったのは常照院創設に関係ある日高氏ではないかと想像していました。

ところが、今回この絵図が昭和2年に発行されていることがわかり、パンフレットに書かれているとおり常吉太郎氏創設に間違いない事がわかりました。

日高氏は昭和30年代の人であり、常吉太郎氏は明治5年~昭和22年にかけて生きていたことからそれが裏付けられます。

鏡山遍路の謎1

これが常吉太郎氏と関係のある今は廃寺となっている文殊寺です。昭和26年に建立されていることから死後に建てられたことも分かりました。

鏡山遍路の謎1

常照院に集められている石仏群です。(第5番から第52番のほとんどの石仏は遍路道の中にあります。)


今、当初のルートを明らかにしようと懸命ですが、情報が集まらなくて困っています。
生き証人として一番期待していた常照院初代住職の米倉さんの御子息に先日お会いしましたが、今年92歳になる高齢で記憶がほとんどありません。しかし、遍路道は鏡山をぐるりを回っていたということだけは確認がとれました。

鏡山遍路が興隆だったのが昭和30年代~40年代だったので、当時30歳だったとしても、現在では90歳ぐらいになっています。
残念ですが、聞き取り調査を始めてよく「私の母なら知っていたかもしれない」という60代の方の言葉を耳にします。

鏡山遍路ルートには状況調査からある仮説を立て、それを実証しようと今調査をしているところですが、なかなか具体的な証拠がでてきません。

鏡山遍路ルート謎については、後日発表いたします。

鏡山遍路道に関心ある方は、御連絡下さい。案内いたします。











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